

河原千恵子
前回の東京オリンピックのころ、東京に生まれる。
早稲田大学第一文学部文芸専攻卒業。
幼稚園のころから、お話を作るのが好きだった。
小学校低学年のころ、父からもらった余った原稿用紙に小説らしきものを書き始める。
小学校中学年のころには「トマトちゃんのぼうけん」というシリーズを
ノートに何冊も書いていた。
小学4年生のとき、母方の祖母に連れられてフランス映画「禁じられた遊び」を見に行き、衝撃を受ける。
読書好きなこの祖母はまた、私に「アンネの日記」を読むことを勧めてくれた人でもあった。
「アンネの日記」はその後の私に大きな影響を与えた。
小学5年生のときには、「四百字詰原稿用紙100枚書いたら、出版してあげる」という
父の友人の出版社の人の冗談を真に受け、初めて100枚の小説を完成。
結局、父の親バカで自費出版したのが、「反戦交響曲」
第2次世界大戦のヨーロッパを舞台にした悲劇だった。
作家になりたいという夢が明確になってきたのもこのころ。
中学高校時代は青春ものの小説を書いていた。
その後、念願の早稲田大学文芸専攻に入学したものの、なぜか創作は進まず。
高校時代に書いた作品を文学界新人賞に応募するも、あえなく落選。
結局4年間で完成したのは卒業制作1作だけだった。
作家の夢をあきらめ、就職、結婚、出産を経て、子育てが一段落したころに、
趣味で小説を書いていきたいと思い、朝日カルチャーセンターで松岡弘城先生に師事。
講師のすすめで、ブランク後初めて完成した小説
「なくした指が、くれたもの(のちに「白い花と鳥たちの祈り」に改題)」を
小説すばる新人賞に応募したところ、思いがけなく新人賞を受賞。
現在にいたる。
尊敬する作家はドストエフスキーと小川洋子。